或る夜にて、女と





<レイディースアンドジェントルメン!>
<さあ、お待ちかね! 世紀の魔術!>
<握手してください、ミスター!>
<ブラヴォー!!>
<ミスター・フェイク、何か言うことは>
<おまえのせいだ、全部、全部おまえのせいだ!!>
<うそつき>

「――っるっせえ!!」

 ガシャン、とジョッキをたたきつけると、それまで喧噪の渦のただなかだった酒場は一気にしん、と静まり返った。
 夢見が悪い。じろじろとこちらを不躾に眺めてきやがるやつらも夢の中のやつらと同じだ。こんなちっぽけでボロい酒場で飲んでるおれのことを馬鹿にして、嘲って、ゴミのように……。

「飲み過ぎですわ」
「……ああ?」

 女の声に顔を上げると、バーテンの女が水を差しだしていた。
 見るからに水商売、という感じではない。高くまとめたブロンドの髪が美しく、どこかのオフィスで働いていたっておかしくない、どこか上品そうな女だ。
 しかし酒場のマスターはグラスをふきながら彼女にゃ気をつけろよ、と声をかけた。こんな場末にこんなやつが働いていたか、とロバートは首を傾げたが、なんということはない、ここにくるときはいつも酔っぱらっているから気づかなかったのだろう。
 水を無視して、先ほどたたきつけたせいでほとんどこぼれてしまったウイスキーをあおる。

「わたしあなたを知っているのよ、ミスター」

 と、女は伸ばした赤い爪でカチン、と水の入ったグラスの縁を弾いた。

「……」
「聞こえないふり?」

 くすくすと笑うと、彼女は髪をかきあげて、豊かな胸のポケットからカードを一枚取り出した。
 JOKERの絵柄のトランプだ。ニヤついたピエロが忌々しい。できすぎだぜ、お嬢さん。

「『この世はすべてが夢幻、私がお見せするのは真実のフェイク』」

 ――ゾッ、と背筋が凍った。
 ウイスキーグラスを握った手がぶるぶると震えているのがわかる。女はJOKERをテーブルに置くと、白い手のひらでそっと覆い隠した。

「『あなたのお好きなカードに変えて見せましょう。最もあなたの選んだカードもうたかたの幻、フェイクに過ぎませんがね』」
「てめえ、どこでそれ」

 女はまっすぐな目で俺をみてくる。たじろいだすきに、白い手の甲がひらり、よどんだ空気を振り切るように舞った。
 テーブルの上のJOKERは、ハートのクイーンに様変わりしていた。
 正直、俺は一瞬見とれた。

「あなたの奇術、好きだったのに。どうしてやめてしまったの? ミスター・フェイク」

 ブロンドが夜のうろんな明かりにきらきらときらめき、俺の心の透き間に入り込んでくる。
 ぽかん、と口を開いた俺をあざ笑うかのように、彼女はクイーンのカードを俺に差し出した。いっぽうの俺は艶やかな唇が自分の『ふたつ名』をするりと呼ぶのを間抜けに見ていた。
 女はくびれた腰に手を当てて、やや渋面をつくって俺に言う。

「ちょっと、聞いてるの? 質問してるのだけど」
「……見りゃわかるだろうがよ」
「アルコール? 薬……じゃ、なさそうね。あなたの目を見てると」
「よくしゃべる女だな。関係ねえだろ。それよりもう一杯」

 と、言ったそばからグラスに乱暴に注がれたのはどう見ても水だった。
 じろりと睨み上げても、女は動じない。かえってカードを見て、と指され、ついマニキュアのさきを追う始末だ。
 トランプの柄面に、さっきまでなかった模様、いや、サインがついている。ルージュで書かれたらしいそれは流麗な筆記体で、Lisaと読めた。

「……あのな、お嬢さん」
「失礼ね。おしゃべり女でも、お嬢さんでもないわ。私の名前は」
「ふざけるな。俺は酒を飲みに来たんだぞ」

 グラスを投げつけそうになるのをどうにかこらえる。いくらクソ生意気でも、こいつは女だ。俺には酒だって入ってるし、何かあったら俺に不利。畜生、なんでこのアマは俺に喧嘩を売ってきやがるんだ。何も出やしないのに。

「……つまらないわね」
「…………てめーに何がわかる」
「わかるわよ。ご立派な“奇術師”様ですこと」
「あぁ?!」
「くやしいの?」

 クッ、と女がおとがいを上げる。きらきらと金髪が光って、白く細い喉がさらされた。それが思わずたじろぐほど美しく見えたのは、たぶん酔いのせいだ。

「女にバカにされるのはくやしいのに、名前を汚されて、くやしくないの」

 言われて、昔の光景がフラッシュ・バックする。
 華々しい舞台、スモークの焚かれたステージ、魔法と呼ばれた俺の指先。熱狂と歓喜と、種も仕掛けもあるお祭り騒ぎに湧いた夢のひととき。
 それは、一瞬で崩れさった。

<――うそつき>

 知らなかったんだ、俺は、自分がEだなんて。
 奇術の世界じゃエスパーの存在は御法度で、非能力者がさまざまな趣向を凝らして見せる芸を競う、一種の伝統芸だった。子どもたちが俺の手を一心に見つめ、奇跡に手をたたいて喜ぶのを見るのが好きだったのだ。
 そして俺はそれなりの人気を得て、これからってところだった。星間TVへの露出も増えてきて、キー局で特集番組が組まれて。
 だのにあの日、俺は突然詐欺師にされた。

「……っ、それは……」

 自然肩が落ちるのをわかっていながら止められない。畜生、なんなんだこの女は。この十年、あちこちを旅して回ったが、このことは誰にも言っていないはずなのに。
 俺が積み上げてきたもの、プライド、なにもかもが一瞬で崩れていく。この感覚を知っている。嘲笑するならするがいい、落ちぶれた魔法使いのいまの姿を。アルコールに依存して、薄汚くおめおめと生き延びている中年の姿を。

「決めた。あなた、私のところに来なさい」

 ほら、やっぱりそうだ。この女もあのときと同じ――

「……は……?」

 ばっ、と見上げた女の顔は自信と美貌と未来に溢れ、まるで安酒場のぼろっちいライトがミラーボールとなって彼女を照らしているかのように、輝いて見えた。
 星の砂でも散らすような金髪に、華奢な体にみなぎる活力に、何でもお見通しのようなきれいな水色の瞳。
 まるで女神のようだった、と今になってみれば、そう思えた。そのくらい、彼女は俺にとって眩しい存在だったのだ。










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 続きません! 大特訓大作戦!
 たまにライザのかっこうでこうやってフラフラしてたらいいなーッていう希望です。
 だめんずを更正させる逆マイ・フェア・レディ! いよッヒギンズ教授!