歓喜する太陽





 百万温度の火炎の中で、エーリカは腕を広げた。首にかかった細い指が気道を圧迫する。嫌だ嫌だとわめいていた口は食い縛られ、憎しみに輝く瞳に以前の甘さはない。貧相な子どもの外見からは予想もつかない力で締め付けてくる腕に今までに感じたことのない殺意が伝わる。
 死んでくれ、と彼は言っていた。
 そこにいまだに憐憫の情が感ぜられて、いままでいかに彼がヒトを殺さずにいたかを知る。これだけの殺意と力がありながら殺してやると言えすらしないのだ。
 誰が彼をこのようにしたのか。晒した身体の傷はすべてたがいのものなのに、心ばかりはそうあれないのが悔しくてたまらなかった。傷付いて自分ばかり不幸になって、それでまた傷付いて膿んできた痛みを知らないわけではない。同じように生きたからこそエーリカは彼を殺してやりたかったのかもしれない。

「エリカ、」

 音のない灼熱の中で確かに、長音を無くした古い発音でロックが彼女を呼んだ。正しくはエェリカ、と言ったのだが、小さなェはほとんど鳴らない。二百年はくだらないほど古い喉の使い方をエーリカは愛しいと思う。
 こんなときでも睨むほどの苛烈さは彼にはなく、常の何かを憐れむような憂いを眼差しに滲ませた。異様に大人びた、というより複雑に哀憤のいりまじった表情を十を数えて何年かという子どもがする、そのうえ甘ったるさの残るこえで化石のようなおとを出す。
 そこには彼の過去がある。
 エーリカはロックの眉間に刻まれた深い皺のひとすじすら失われるべきではないと思っていた。ロックのからだに染み付いた過去の足跡は生々しければそれだけ愛しい。

「死ぬんだ、エリカ」

 言い聞かせるようなことば。エーリカよりも彼のほうがよほど死にそうだ。彼はあれほど素直に寂しいと言う勇気があるのに、ヒトを殺せない。
 首がみしりと音をたててきしんだ。

「あいしてるわ、ロック」

 やめろ、とロックが叫ぶ。
 かわいそうに。あなたは本当はわたしを生かしたいのね。かわいそうに。
 ああ、ロック、あなたを殺してあげたかった!

「あなたを愛してる」
「やめてくれ、エリカ」
「聞いて。優しくて、ばかで、誰より強いあなたを愛してる。忘れないで、この先幾千年経ってもわたしを忘れることは許さない。わたしもあなたの一部になる。わたしあなたの終末の笛になるわ。だって誰より、他の女なんかよりもずっとわたしが近くにいる。あなたのために笛を鳴らすの。わかるでしょう、あなたはわたし、わたしはあなただもの! あぁ、わたしが男ならよかった! そうしたら、そうしたらもっとあなたを愛してあげられたのに、あなたが寂しいなんて思う暇がないくらいに」

 それは紛れもないエーリカの本心だった。支配層たりうる存在である男であればエーリカはもっと強くあれただろう、と彼女は知ったのだ。男であれば、女よりずっとたやすく容易く支配者になれる。自分たちは男にも女にも成りうるかわりに、突き詰めてみればそのどちらでもないのだ。
 エーリカにしてみればロックは男ではないし、彼から見てエーリカは女ではないだろう。それでもやはり自分は力ではロックに勝てなかった。女だということに縛られていたのは自分だったのだ。しかし、彼と自分は男と女にはなれない。
 悔しかった。
 せめて爪痕ぐらい残してやりたかった。エーリカは焼け焦げた皮膚の痛みも、締め付けられる喉の苦痛も忘れ、ロックに向けた腕をいっぱいに伸ばした。
 目はもう見えない。けれど手にとるようにわかった。こんなときにエーリカは自分の能力が最大限に引き出されているのを感じた。不具を補助する役割程度にしかならない己の力を自嘲しながら、必死にこころを凝らした。あなたが見たい、あなたの顔が、ロック、あなたを見せて。
 ようやく見えた彼の顔、が、彼は、な

「さ、よなら、エリカ、」
「がっ」

 ごきん、と。首の骨が折れる、激痛、痛い痛い痛いたすけ、いいえ、いいえころしてくれてありがとうあいしてるすきよだいすきあついあついあついアアア。
 指が、彼の膚を撫で爪を立てて慰めるはずだった指が灰になる、炭素のかたまりに、わたし、が、もえる。
 炎の中にいるとわかってるのに、あなたの指があつくてたまらない。こんなに力をこめていたらたがいにもえつきてしまうばかみたいにふたりともはいになって。

「さようなら」

 ねぇ、おねがい、さいごにいわせて。
 どうしてわたしが繰り返しこう言うかあなたは知ってる?そう、わたしあなたを傷つけたかった。他の誰に傷つけられたことなんかぜんぶぜんぶ忘れてあなたが泣いて泣いて涙も枯れてしまうまであなたを傷つけたかった、ぼろぼろになるまであなたを。

 ―――あいしてるわ、ロック!










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 タイトルのセンスが相変わらずひどいありさまです