ここ掘れわんわん





 ロックが初めてこの地を訪れた時、そこには見渡す限りの荒野しかなかった。砂と石の世界。容赦なく照りつける太陽の光。辛うじて点在している雑草も枯れかかっており、まさに死の土地だなとロックは心の中で呟いた。

(さて、どうしようか)

 この星はまだ人々が住み始めて間もなく、こうした奥地は未開発の場所が多い。というか、開発が出来ないのだ。あまりにも土が死にすぎているし、それに人手も足りない。ここに来る途中に会った人間は一人だけで、その一人も50kmは離れたところに住んでいる。川べりに住む、白いひげを蓄えた老年の男は、ロックがこの土地に行きたいと申し出たらすぐに「やめときな」と言った。

「あの土地は死んでるんだ。俺はこの星に住んで5年になるが、あそこは…無駄だよお若いの」

 彼は、諦めた目をしていた。思考を読まずとも、彼があの土地に挑んだことがあるのは見当がついた。じゃなきゃこんな、人里から離れた場所に住んでいるはずがない――ロックは彼に「ありがとう」と言って、背中を向けた。彼は何も言わなかった。
 ロックがこの星を訪れた理由はただ一つだ。この土地を再生させたい。今、この惑星は増え続ける人口に圧迫されつつある。この見渡す限りの広大な土地で多くの作物をつくれるようになれば、いくらかそれは解決する。それにここはこの星で一番死んだ場所だから、ここで育つ作物は他のどこでも育つだろう。ロックはそれを作ろうとしている。

「さて…と」

 荷を降ろして、ロックは地面に手を触れた。渇き切った土地だが、どこかに水脈があるはずだ。あの老人が住んでいた場所には川べりだった。神経を集中させる。どこかにあるはずなんだ。
 ――どこかに。
 荒野を、風が吹いていく。ロックの緑髪が音もなく揺れる。枯れ草が一つ地面を離れて宙に舞ったとき、ロックは目を開けた。

(見つけた!)

 すくっと立ち上がり、上着を脱ぐと、ロックは荷の中から折りたたみ式のショベルを取り出した。そして、数歩歩いたところにそれを突き立て、土をかき始める。“力”を使ってもいいのだけれど、それだと土地にダメージを与えてしまうかもしれない。それに、他の土地がそれに頼らずとも開発できるという確証が欲しかった。
 照りつける太陽の下で、土はどんどん硬く重くなる。額から浮き出た汗をタオルで拭く。
 ――まあ、つまるところ、こういう地道な作業が楽しくもあったのだ。農作業が趣味なのか、と数少ない友人に問われたとき「ああそうかもしれない」と思ったのが始まりである。一から土を耕して、土地を肥やし、作物を育てる。その過程が好きだった。

「ふー」

 さすがに少し疲れたので、傍の岩に腰掛けて休憩した。と、そこで麦藁帽を持ってきていたのを思い出す。こう熱いと熱中症になりかねない。気をつけなければ。
 タオルを首に巻いて麦藁帽を被り、水筒をごくごくやるロックの姿を見て、誰があの「超人ロック」だと思おうか。それほどに今の彼の姿は堂に入っていた。

「よし、やるか」

 再びショベルを構えて掘り始める。日が暮れ始めても、地面を掘る乾いた音は途切れなかった。
 夜中になると、ロックは簡易テントを組み立てて、そこで眠った。雲ひとつない空には満天の星が輝いている。
 そうして朝が来て、朝食を取り、再びショベルを取り出し、ロックはまた掘り始める。ここまで来ると完全に趣味の世界なのだが、そうロックに言ってやれる人間はいない。ここにはロックと、あとはサソリなどの小動物しかいない。
 ざくざくと掘り進めて数時間が経ち、そろそろ昼食にしようかとロックが腰を伸ばしてショベルを突きたてたとき、明らかに土の感触が違ったことに気づいた。渇いたばかりだった砂と石が、確かな湿気を帯びている。ロックは少し考えた後、再びショベルを手に取った。常人には聞こえない、水の流れる微かな音がロックの耳に届く。
 はあ、ふう、と息を切らしながら、ロックはショベルをひたすら動かし、そして――やがて、がちんと岩を砕く感触と共に、一気に水が噴出した。

「うわっ」

 ロックは反射的に宙に浮き、穴から飛び出す。思いっきり頭から水を被ってしまった。――そう、水だ。
 ロックはタオルで顔を拭い、穴から勢いよく噴出す水を見上げる。その顔はひどく満足げだった。

(さて、これから…かな)





 背の高いトウモロコシの群が、あたり一面を覆っている。その中に人工的に作られた小道を一人の老人が苦心しながら進んでいた。

「おおーい」

 彼が目指す先には小屋があり、道を抜けたところで声をかけるとすぐに扉が開いた。緑色の髪をした家主は、老人の姿を見つけるや否やぱっと表情を明るくした。

「どうも。少し道が狭くなっていたでしょう」
「ああ、広げたほうがいいな」
「お茶を入れますから、座っててください」

 ロックは薄く笑って、老人を家に招きいれる。老人は首に巻いていたタオルで額の汗を拭うと、重たそうに椅子に腰掛けた。

「ふー、今年も豊作みたいでなによりだよ」
「ええ、おかげさまで」
「俺は何もしとらん。…しかしまあ、あのひどい土地が、たった二年でこうなるとはね」
「僕も予想外でしたよ。この土地はまだ生きていた…と、いうことでしょうね」
「…そうさなあ」

 ロックが水脈を見つけてから二年。彼はまず土に栄養を与え、それからトウモロコシを植えた。最初のうちはすべて枯れてしまったが、この土地に合うよう種に改良を重ね、結果この広大なトウモロコシ畑が出来たのだった。
 ロックは三年はかかると踏んでいたという。それが二年で済んだのは、ひとえにこの土地の底力のおかげだ。老人に茶を差し出すと、ロックは静かに向かいに座った。

「そのうち、トウモロコシ以外の作物も作れるようになります」
「本当かね」
「ええ。…それで、あなたにお願いがあるんですが」

 茶を飲んでいた老人の手が止まる。彼は訝しげにロックを見ると、やがて溜息をついてカップを置いた。

「行くのか」
「…知っていたんですか?」
「いいや知らん。けど、最近のお前さんはどこかやり遂げた目をしていたからな」

 ロックはくすりと笑う。勘のいい人だ。そして、「ええ」と頷いた。

「他の土地に行ってみます。まだ未開発の、荒れた土地はいくらでもある」
「…まあなあ」
「誰かが始めなければいけないでしょう」

 開発する気力もない飢えた地域に赴いて、その土地を耕すこと。よくやるなあ、と老人は零す。見返りがあるわけでもないのに。

「ボランティアか何かか?」
「いえ。趣味ですよ」
「見上げた趣味だな」

 老人はむすっとした顔で、コップをゆらゆらと揺らした。窓の外では風が吹いて、トウモロコシの穂がなびいている。
 やがて老人はまた溜息をつくと、ロックを見た。

「…俺は見ての通り年寄りだからな、あと何年生きられるかわからん。…だから、なるべく早めに戻って来い。トウモロコシが枯れる前に」
「…はい!」

 その日の晩に、ロックは去っていった。老人は小さな小屋で、彼の背中を見送った。
 次は何年かかることだろう。この土地で二年ならば、他の土地では一年かかるか、かからないか――いずれにせよ、彼が戻ってくるまでこのトウモロコシの面倒を見なければならないことは明白だ。

「さて、まずは道を広げるか」

 老人は伸びをすると、小屋の中に消えていった。明日から忙しくなりそうだ。
 一面のトウモロコシが、満天の星空の下、一斉に凪ぐ。ロックは一度だけ振り返り、小さく笑みを浮かべると、再び歩き出した。

おわり












TOP

------
お友達の ふらまさんがお誕生日に書いてくれたよ^///^