Fine Feathers Make Fine Birds.





 夜の闇が世を覆い始めた黄昏時、しかしこの都市は眠りを知らない。煌々と輝くネオンサインと昼夜問わず腐った目であたりを徘徊するジャンキーや犯罪者たちの群、性と酒と薬と金の夜だ。この街の時間は暗闇をかき消す人工灯とともに始まるともいわれる。
 リサ・メノンもかつては夜の住人だった。
 あの頃は日の光の下で歩き回るような力などなかった。今は違うけれど。
 大きな出窓から見下ろす街はよどんだ活気に満ちて、ゆらゆらと儚い陽炎のようにすら彼女には見えた。もう二度とあそこに戻るつもりはない。
 彼女は救われたのだ。あの場所を見下ろすことができる今なら、どれだけひどいところだったかわかる。けれど、たった今この時もなお苦しんでいるひとたちは違う。
 リサは首をぐるりと回すと、窓から離れた。ちょうど徐々にラボからも人影がなくなり、彼女も部屋に戻ろうとしていたところだった。
 ビルのエントランスにパパ・ラスが現れたのは。

「パパ・ラス、まだいたの?」
「やあ、ドク。これから出かけるところなんだ」

 彼女よりも一回り小さい、まだ子どもにしか見えない少年の姿、しかしてその実体はなかなかの古狸だとみんなが知っている。出かける、というのは表沙汰にしづらい密談だとかそんな用事だろう。夜はこれからなのだから。
 出かけること自体にはなにもいうことはないし、珍しくもない。荷物をひとつも持っている様子がないのもどうせ護衛のロックに運ばせているだけだろうし、ああそう気をつけてね、と送り出せばいいだけだ。
 だが、今日に限って問題がひとつだけあった。

「で、なにその服装は」
「え」

 押しも押されもせぬ、たった数ヶ月ですっかり裏社会の顔となった男は、ぱちぱちと幼げな瞬きをしてリサを見上げた。

「何かおかしいか、な」
「おかしいかおかしくないかっていったら十人中十人がおかしいと思うでしょうねえ、いったいどこに何の商談に行くのよその格好で! あるいはご休憩かしら?! 背中がらあきホルターネックだし無意味に肩出し黒ボンテージ、ゴッテゴテヒールの編み上げブーツってどこのお水、どこのドラァグクイーンなの! とりあえず何か羽織ってちょうだい!」
「ご休憩って古いなドクも。それに別に寒くないよ」
「そういうボケは必要としてないわよ!」

 パパ・ラスは基本的に自分の外見に頓着しない。おそらく見た目どおりの年齢ではないことが主な要因で、相手の油断を誘っているのかそれとも何も考えていないのか。おそらく後者だ。
 基本的にボロだろうが何だろうが全裸でなければ良し、くらいに考えているふしのあるパパ・ラスである。組織が大きくなっていくにつれ有志から「さすがにもうすこしいい服を着てください! むしろコーディネートしますからお願いします!!」と半泣きで頼み込まれるようになり、渋々折れる形でついに「衣装係」がつくようになったのはまだ記憶に新しい。
 衣装係:普段着班によれば、基本コンセプトは「ミステリアスな腹黒少年、でも実は清純ドジッ子アピールで親しみやすさを演出☆」だとかなんとか。
 そのあたりの機微はリサにはよくわからないが、清純路線は気に入ったし、とにかく露出を抑えて華奢な体格を隠したのはよかった。ただでさえ嘗められやすいのに万が一何かあったら、とハラハラする回数が目に見えて減った。本人はやたら着込むのが気に入らないらしいが。

「いいだろう、『仕事』じゃあないんだから…」

 業務外だとするとますます聞き捨てならないわよ。
 ちなみにパパ・ラスの支持がべらぼうに高い理由のひとつに、福利厚生残業代の保証など、そんじょそこらの一般企業顔負けの高い企業意識があげられる。業務時間は基本的に定時きっかりな、まじめな麻薬組織(?)である。
 しかし、当人が業務でないのにこの時間から出かけるとはどういうわけだろう。
 それにいい加減ロックが現れてもいいはずだ、彼はパパ・ラスの護衛として側仕えしているのが常であり、パパ・ラスが命じる前に必要なものを揃えておくことにかけては彼にかなうものはいない。さすがはエスパーと言ったところだ。
 ―――で、あいつはどうして止めなかったのかしら!
 あとでパパ・ラス直伝のジャーマンスープレックスね。

「ドク、顔が怖いんだが」
「ちょっとお楽しみが増えたの。それはと、に、か、く、着替えてらっしゃい! このさい最近お気に入りだった白いローブとか、ああいう上着だけでもいいから!」

 彼はうーん、と顔の前に指を持ってくると、首をことりと傾げた。全体的に細すぎるきらいのある身体で、意外とそれなりに絵にはなっているのがまた嫌だ。
 活動時間と内容から、あまり陽光の下に出ない白い肌に漆黒のボンテージ、そろいのアームカバーまでついてまるでSMクラブかどこかの衣装だが、仕草はいつものボケジジイ。アンバランスにもほどがある。

「何でいつにも増して頑固なの。年寄りはこれだからイヤだわ」
「としより?」
「パパ・ラス、お待ちください!!」

 ヒュン、とテレポートしてきた男は、長い黒髪をボサボサにしつつ、両腕に大量に衣服を担いでいた。「超人」ロックである。
 リサは早速かみついた。

「ロック、あんた仕事しなさいよ。こんな格好でうちのパパ・ラスを外に出すなんてとんでもないわ、「聖者の涙」が聞いて呆れる末代までの恥よ。今まで清純派イメージで売ってきたんだからこういうのは一番気をつけなくっちゃ!」
「としよりっていま」
「わかっている。ドク、あんたも協力してくれ。…パパ・ラス、私はお召し替えくださいと何度も申し上げましたよね」

 それを聞いてパパ・ラスは肩をすくめるだけだった。
 ふたりの怒れる部下たちに押しとどめられるまま何分も過ぎてしまっている。約束の時間が近いのだろう、そわそわと落ち着かない様子だったが、どうしてもそのまま行かせるわけにはいかない。

「その衣服、先週までワードローブにはありませんでしたね。どちらで押しつけられ、もといプレゼントされたのですか」
「えっ」
「図星ね。見たところやたらフィットしてるけどどうしたの。買ってもらったの? あなたの趣味じゃないわよねえ。いつものおっさん社長でもないでしょ」
「え、えっ」
「しかしこのところ多忙でどなたかと買い物に行かれる時間はなかったかと。あのおっさんはもっとわかりやすい派手な包装で贈って来るし見つけ次第処分しています」
「賄賂なら現ナマで欲しいし明け透けすぎて気持ち悪いのよねー、悪い人じゃないけどそろそろストーカーリスト入りね。で、これは誰からなの?」
「だ、誰って…」

 展開についていけていないらしいパパ・ラスはやや腰が引けていた。それでも口を割ろうとしないので、ロックが深々としたため息をつく。

「申し上げたくないのですが、パパ・ラス。本日これからどなたとお食事なさるのです?」
「…う」
「えっ、ロックも知らないの?」
「伺っていない。急用でただの会食だとのことだが、どうも臭いと思ったのでお待ちしていた。そうしたらコレだろう」
「別にぼくが誰と食事しても」
「「よくありません」」

 正直なところ、パパ・ラスがこれほど成功しているのは、「聖者の涙」の威力もさることながら、何より彼本人の人間的魅力によるところが大きい。彼に忠誠を誓う部下たちだけでなく、ライバル社やバイヤーたち、惑星警察、連邦軍、あらゆるコネクションを的確に築きあげていることこそが彼の成功の鍵だ。
 特に隣接した縄張りの主には、おおむねパパ・ラス本人が「会談」の席を設ける。もちろん交渉が破綻することも多いが、その場合は実力行使に出るまで。あとは向こうが折れるか、望んで傘下に入るか。
 そうしているうち、いつしかパパ・ラスは妙な人気を得ていた。
 先述のように頼んでもいない贈り物は当たり前、会食の誘いが来るのも増えた。ついにはやたらとしつこい手合いはブラックリスト入りにするなど対策も問われ始めた。
 しかしながら幸いというか何と言ったものか、パパ・ラスは基本的に出不精であった。必要だと判断すれば自分で動くし、そうでない場合はそもそも約束を取り付けない。それでレアリティが跳ね上がるという結果も招いたが、護衛班が無駄な気を揉む必要はなかったのだ。
 いままでは。

「何かあったらどうするのですか」
「何かって、何が」
「…これから言うことは全部推測なんだけど、パパ・ラス、あなたにその服を贈ったひとを仮にAさんとするわよ。で、ひょっとしてあなたが今夜お呼ばれしてるそのお相手もAさんだったりしないかしら」
「…あー、その、…まあ…」
「完ッ全にフラグ立ってるじゃないの悪い意味で!!」
「ほんっと申し上げにくいですけどアホですか!!」

 ステレオ放送でなじられ、パパ・ラスは耳を押さえた。いい気味だとリサは思う。
 彼は何があっても大丈夫だと自分を過信しているふしがあるが、何かがあってからでは遅いのだ。

「誰なの、いまさら隠し立てする意味もないわよね」
「…参ったなあ…マダム・エヴァだよ」
「あーあの成金趣味…彼女にそれ着てこいって言われたわけ? それでノコノコと? バカ?」
「ば…、言っておくけれど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
「あなたの大丈夫が大丈夫だったためしがありますか」
「えっ」

 きょとんとしたパパ・ラスに、リサとロックはがっくりと肩を落とす。だめだ。わかってない。ちょっと今夜は外出させるわけにはいかないわね、とリサが目配せすると、ロックも深々と頷いた。
 そんなにおかしな服かなあ、ふつうだと思ったんだけどなあ、と何故かすこし落ち込んでいるらしいパパ・ラスには、この後繰り広げられる「話し合い」のことなど思いもよらない。

 そう―――夜は、これからである。


 







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