図書館で昼食を





 この新しい友人は、かつてはオーリック家の持ち物だったとかいう屋敷を改築して住んでいる。場所は山岳地帯の奥、まさに陸の孤島と言うにふさわしいような場所だった。あたりは霧に包まれているが、底が見えないほど深い谷に囲まれて橋すらない。もともと別荘であったことに加え、屋上には飛行ドックが備え付けられているが、それにしても便が悪い。ふつうの人間にはとても暮らすことはできないだろう。
 当時の美術的意匠には興味があったので彼に見学を申し出ると、すこし困った顔をしてご自由にどうぞ、と肩をすくめた。
 困り顔の理由はすぐにわかった。彼が住むにあたって相当に手を入れたのだろう、味も素っ気もない強化プラスチックやなんかで補修された部分が大半で、もとの姿を残している場所のほうがすくなかった。それなりに整頓されてはいるもののかつての装飾はすっかりその姿を家具の隙間に隠してしまい、豪華なシャンデリアの横にえらく生々しい蛍光灯がぶら下がっていたり、割れたステンドグラスがそのままだったり、正直に言えば。

「君はひょっとしてバカなのか」
「……失礼だな、いきなり」
「何百年前の建物だ! 帝国中期の建築だなんて、そうそうあるもんじゃない、貴重な文化遺産だろう!! それをこんな適当に……いや、適当なんてもんじゃない!!! ひどすぎる!!!」
「でも、許可はもらってるよ」
「どこに!!」
「連邦の……えーっと、ほんとうに聞きたいのかい、サイモン?」

 脱力しながら、丁重に断る。
 いつもの大広間ではなく客間のテラスに置かれたテーブルで、ほとんど使われていないのであろうティーカップを並べる彼は、その大人しそうな容姿につい忘れがちだが、連邦有数のV.I.Pなのだ。見た目は16、7程度のごくふつうの少年、その実体は伝説とも謳われる超能力者である。

「さすが、『超人ロック』だね。その人脈の広さ、見習いたいもんだ」

 苦し紛れのセリフにロックは瞬いて、口元に手を当てて悩むようなポーズをとる。

「んー、でも偉いひとは苦手なほうなんだけど……」
「はあ……。どうせ偉いひとのほうから寄ってくるんだろ」
「まあね」

 こちらの言葉を飄々と受け流しながら、はい、と紅茶を出された。『超人』の手ずからのセイロンティーだ。といっても自動調理機が淹れたものをポットから注いだだけだが。
 「非全自動化」にこだわっているのかどうかは知らないが、エレベーターを設置せずに階段を使ったり、菜園に手をかけたりとしているわりに、どうも彼は料理は不得手らしい。

「しかし、君はどうしてこんなところに住みついているんだ? 前にも言ったと思うが、不便だろう、ここは」
「え」
「え、じゃない、え、じゃ。……まあ君にかかれば多少の移動も苦じゃないだろうが……」

 テレポートだって疲れるものは疲れるんだよ、歩くのとあんまり変わらないよ、とかなんとか嘯いているが、1000万キロを一瞬で移動する輩に言われても全く説得力がない。この謙遜なのか猫を被っているのかよくわからないところは、はじめのころは馬鹿にされているのかと思ったがどうも天然らしい。この一週間で超人扱いにも慣れが出てきた。

「だってここは静かだし、水も空気もおいしいし……」
「うすいけどな、空気。にしてもこれほど広くなくてもいいんじゃないか?」
「あ、そうか。言っていなかったっけ。お仕事なんだ」
「おしごとぉ?」

 ロックの口から出てくるとは思わなかったその単語に驚いて、素っ頓狂な声が出た。





「古い資料のアーカイブ化だよ。一時期貴族間で紙媒体の出版や収集が流行したんだ」

 客間と寝間のある二階から、広間のある一階、さらにもうひとつフロアを下る。食料庫とばかり思っていた地下室は、その七割以上が『図書室』とプレートを掲げられた一室で占められていた。
 最低限の照明しかない回廊のつきあたりのドアは、シュイン、とかすかな音を立てて開いた。ほかの部屋は手で開ける古いタイプの扉が多いが、ここはどうも違うらしい。
 果たしてその『図書室』は、黴臭く、薬品臭もし、なおかつ古い“紙”のにおいに満ち満ちて、今となってはほとんど見られなくなった“本棚”でみっちりと埋まっていた。

「す、……すごいな、これ」
「そう? 全部で6000冊もないくらいだけれど」
「か、紙の本が6000冊!?」
「コーティングされているものや、特殊素材でできているものもあるけどね。体裁がわざわざ古書を真似ているものも含めてもそのくらいだ」

 彼はしゃべりながら手に白い手袋をする。つるつるとした素材でできた手袋は裾のところにわずかな装飾があり、よく見るとどこかの貴族のものであろう紋章が縫いつけられている。どうしてそんなものを使っているのかは定かではないが、純白の布に包まれた手は無造作に棚から本を抜き出すと、愛玩動物かなにかを撫でるような手つきですうっと背の埃を払った。

「これなんかは、ガレイノフ家の傍系に当たる侯爵の書いた日記だよ。ここに書いてある名前はいわゆるペンネームだけれどね」

 ここの綴じ方と糊づかいが特殊でうんぬん、という解説をされたが当然こちらには知識もないし、その本は真新しい白手袋と比較するまでもなくひどく黄ばんで装飾も剥げていた。緑色の細かい文様はもともとは金箔で、紙は合成素材なのだそうだ。

「そういう成分を調査するのが仕事なのか?」
「いいや。それは中央の博物館がやることで、ぼくの仕事は内容別に仕分けて、アーカイブ化することなんだ。奥にちいさな部屋があるのだけど、そこでスキャニングをして、データをまとめたら送信する」
「やっぱり断裁するのかい? もったいないように思うが」
「基本的にはその必要はないよ。3Dデータだから」
「へえ?」
「ええと、ここにある本はすでに連邦アカデミーでランク分けされたあとのものなんだ。きみの言うとおり、ふつう紙の書籍はとても貴重だから。資料的価値、経年劣化による状態変化、美術的意匠などの観点からAからFまでのランクがつけられるんだけれど、これはそのうちのDくらいのもののうちさらに美術的な価値があると見込まれた書籍類、貴族たちの出版物で、あまり研究者諸君も内容には興味がないんだよ。大きな破損がある前の状態を映像に記録しておこう、という程度。まあ時間はかかるんだけど、急ぎの仕事でもないし」

 のんびりとした解説に適当な相づちを打ちながら、ぐるりとあたりを見回す。これだけの量なら確かに時間もかかるだろう。
 山奥の、誰も訪れない図書館で、たったひとりで埃を被った蔵書たちを整理する司書。なんというか、いかにも……。

「いかにも老人的というか枯れてるよな……」
「何か言った?」
「いや何でもない何でもない」

 こういうときだけやたらに地獄耳なのはわざとなのか。
 数千年を跨いだ歴史の生き証人であり、いまはすっかり引きこもりそのものの少年は、不思議そうに円い瞳を瞬かせて、笑った。

「きみだって引きこもりだろう?」
「一緒にしないでくれ!!」





おまけ
「ほら、見てごらんよ。当時の歴史学者の考察によれば、ぼくは民間伝承伝説のたぐいで、実存は疑われるそうだ」
「……はあ」
「でもこの学者のおもしろいところは、ぼくに関する伝承を片っ端から集めようとしたところだね。この時代はけっこういろいろな星に“超人”伝説が流布していたらしい」
「おもしろいのかい、それ」
「昔の自分の噂話って気になるものだろ」
「……存外俗っぽいなあ」










TOP

------

 エピタフよりロックさんとサイモン。
 あの宮殿?に住んでる理由をこじつけてみた。あとサイモンとやたらに仲良くしてもらった。------